「正しい日本語を使いましょう」が間違っているのでは

column 2022.5.07

普段何気なく使っている日本語を見直してみませんか?なんて言うと、誤りを正すクイズのようになりがちです。そもそも、日本語に「誤り」を「正す」という価値観が当てはまるのかどうか、そこから考えていきましょう。

 

 

■アナウンサーの言葉づかい■

 

「アナウンサーなんだから正しい日本語を使ってください」…これは私のSNSの「(ライブを)見させていただきました」というつぶやきに対して、実際にいただいたリプライ。送ってくれた方は、「アナウンサーは正しい言葉づかいをすべきだ」と思っていらっしゃるということで、それはきっと、「アナウンサーの使っている言葉は正しい、参考になる」と思ってくれているということだと思うので、ありがたいことであり、誇らしいことだなと思います。

 

少し話が逸れますが、アナウンサーの方で「人にどう思われようと関係ない」といった類のコメントをされている方がいますが、私はそうは思いません。アナウンサーと名乗る限り、ニュースを伝えるにふさわしい人間でありたいと思っています。それはバラエティに出ないということでも、個性を否定するということでもなく、例えば災害時の放送で「今すぐ避難してください」と発信をする時に「この人の言うことは信用ならない」と思われてしまっていたら、もうアナウンサーでいる意味がないと思うからです。

 

だから、「アナウンサーは正しい言葉づかいをすべきだ」と思われる方の気持ちは配慮したいと思っていますし、プライベートでも言葉選びには気を使っています。急な出来事でも私は驚いた時に「マジですか?」とは言わず、「本当ですか?」と言います。

 

■“正しい日本語”とは何か■

 

ただ、「正しい言葉づかいをすべきだ」と強く思うことで腹が立つのであれば、気の毒だなとは思います。日本語に「正しい」と「誤り」という価値観があまり当てはまらないからです。それは「どの時点(時代)の日本語を正しいとするかの決まりがない」からです。(ほかにも理由はいくつかありますが、今回は一つにしぼって説明します)

 

常用漢字表告示の時点なのか、日本国憲法制定の時点なのか、はたまた万葉集の頃のいわゆる「大和言葉」なのか…そのどれも、正しいとも間違っているとも言えません。

 

常用漢字表が初めて告示されたのは1981年。それも「漢字使用の目安であって制限ではない」と明記されています。例えば「はげしい」の漢字表記、新聞の場合は「激しい」と表記しますが、アーティストが歌詞の中で「烈しい」を使っても全く問題ありません。

 

日本国憲法は、一部歴史的仮名遣いで表記されています。例えば「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」(日本国憲法前文より抜粋)。

 

■“大和言葉”はどうか■

 

「万葉集」の言葉までさかのぼってみましょう。万葉仮名(注2)で、「恋」(こひ)は「古比」「故非」「孤悲」、「衣」(ころも)は「去呂母」「許呂毛」などと表記されています。

 

「こ」に着目すると、「こひ」の「こ」と、「ころも」の「こ」とでは、使う万葉仮名のグループが違います。そのため異なる音であった可能性が高く、日本語学では「コの甲類」「コの乙類」と区別しています。

 

平安時代にその区別は消滅し、どちらも「コ」になりました。つまり変化したのです。言語において、変化する前のほうが正しい、とする意見を多く見かけますが、であれば平安の時点で既に間違っていることになってしまいます。(注3)

 

日本語は変化が激しい言語です。当時どちらのほうが多く使われていたか議論することはできても、どちらが正しくてどちらが間違っているか、定めることはできないのです。

 

日本語の場合は、「伝わる」か「伝わらない」か、「不快」か「不快でない」かを考えるほうが合理的です。(注4)

 

なお、敬語については、謙譲語・尊敬語・丁寧語と分類されており、混同する使い方は誤りです。例えば「父がお土産を召し上がった」は間違っているので、「父がお土産をいただいた」に修正が必要です。(注5)

 

■まとめ■

 

言葉を選ぶ時に「正しいか」を基準にするのではなく、「伝わる/伝わらない」、「不快/不快でない」に分類するのがおすすめです。「伝わる・不快でない」言葉を選んでいれば、人を嫌な気持ちにさせることはないはずです。

 

 

 

注1)新聞各社は「常用漢字表」を参考にした「新聞用語集」に基づいて表記されています。

注2)漢字本来の意味を離れ、仮名文字のように使われている漢字表記を「万葉仮名」といいます。

注3)「こひ」の「ひ」も当時は「ヒ」と発音していたものが「イ」に変化しました。

注4)例えば「うぜー」「キモっ」「死ね」など、嫌な気持ちにさせる言葉を便宜的に「不快な言葉」としています。

注5)文化審議会答申で「敬語の指針」としてまとめられているものがあるのでご参照ください。

 

 

参考文献)『日本語の歴史』(東京大学出版会)